リーン生産方式で業績の上がる組織づくりを
2014年8月26日 | 全国紙 ジ・オーストラリアン | リック・ウォレス
日本の製造業大手が採用している生産管理手法が、インターネットコンテンツ制作会社のREAグループやメルボルンの鉄道網を運営するメトロ・トレインズなど、数多くのオーストラリア企業経営者の間で注目を集めている。
ここで言う日本の管理手法とは、厳格さや一貫性で知られる日本の産業界、ひいては社会全体の手本とでもいうべき「リーン生産方式」と呼ばれる手法のことである。
リーンの哲学は、欧米諸国においては、時代の流行り廃りに左右され、派生的に生み出されたリーン・シックスシグマ方式なども一時的な流行手法として捉えられてきた感が強かった。
しかし、オーストラリアの経営コンサルタント会社シンカ・マネジメント(Shinka Management)とオーストラリア産業連盟(Australian Industry Group)が共催する日本視察「日本ものづくり研修」への参加を通じて、これまで苦戦を強いられてきたオーストラリアの製造業をはじめとした数多くの企業が、リーン生産方式を学び、その手法を取り入れ経営の改善を実現しつつある。
リーン生産方式を推進する同視察の主催者シンカ・マネジメント取締役のポール・スミスは、同生産方式を採用するオーストラリア企業の数は年々増加していると指摘する。
「日本視察を開催するようになって最初の5年は年間10名程度だった平均参加者数が、今年度は三度におよぶ研修を通じて総勢37名に達し、日本視察の人気は、過去2年の間に特に高まってきている」とスミスは述べている。
醸造・乳製品大手のライオンやアデレードの老舗ビールメーカーのクーパーズ、またニュージーランドの建設大手カルダー・スチュアートの役員や幹部社員も、同視察への参加を通じて、トヨタやリンナイ、キリンビール、セキスイハイムなど日本の代表的な製造業企業のものづくりの現場を訪れている。
「製造や食品加工だけでなく、政府機関や金融サービス業界などからの参加者も、視察から多くを学ぶことができる」とスミスはいう。
「リーン」は、トヨタを主とする日本企業が生み出した手法を基にした一連の産業・管理手法および哲学を表す包括的な用語であり、産業プロセスの徹底した効率化と従業員の積極的な関与を通じた生産改善活動を目的とする。
リーン生産方式のコンセプトを示す「カンバン」や「改善」、「5S」、「ジャスト・イン・タイム生産方式」といった用語は、見える化やムダの徹底排除、品質管理における標準化の導入、効率化、細部への心配りなど世界的によく知られる日本の管理手法を示している。
リーンのコンセプトの一部には「5S」など、職場における整理・整頓・清掃等の徹底といったような当たり前で一見些細に思われるような概念もあるが、ここに熱意とコミットメントが加わることで、日本を特徴付ける「ものづくり」が誕生する。
一部では、オーストラリアにおけるこうしたコンセプトに対する理解不足が、トヨタ自動車の豪州現地生産からの撤退表明につながったという声もささやかれる。
リーン生産方式のコンセプトはオーストラリアの「何とかなるさ(She’ll be right)」的な気質の対極に位置するものであり、個性が重視され、表層的な単純プロセスを極めるという姿勢が熱意を持って受け入れられることのないオーストラリアでは、生産管理の実践自体がなかなか容易ではないともいえる。
しかし、シンカ・マネジメント共同取締役のベン・スパローは、トヨタによる生産撤退の表明はあったにせよ、日本企業は独自の手法の導入を図るためオーストラリアの生産現場に多額の投資を行っていることから、こうしたオーストラリアの状況にも変化が現れつつあるという。
「日本企業は自国の産業界で当然のように実践されているリーン生産方式の技術移転を目指している」とスパロウは述べている。
オーストラリア産業連盟のイネス・ウィロックス代表は、改革の必要性に触れ、「オーストラリア産業界における生産性の向上とプロセスの改善を推進できる人材の育成は急務であり、日本視察は、長年にわたり継続的改善の文化を継承してきた日本企業との関係性を構築する機会を提供してくれる」と述べている。
不動産・住宅情報ポータルサイトの運営を通じてオーストラリアの不動産業界に革命をもたらしてきたIT業界の風雲児ともいえるREAグループからも日本視察への参加があったと知り驚いたが、視察を通じてリーンの現場を訪問した同社のヘリー・ウィプトラ氏は、ソフトウェア分野にも応用できる原則が多数あったという。
「REAは自動車業界で用いられているジャスト・イン・タイム生産システムの理論をソフトウェア開発にも応用し、IT業界で優勢になりつつある顧客重視型のアジャイルモデルのプログラミングや開発と融合させた」と同氏はいう。
ウィプトラ氏はまた、「REAでは、適切な情報に基づき適切な時期に決断を下し、無駄の多い大型の先行計画や文書管理を省くように心がけている」とし、「リーン方式は人間の創造力を高めるものだ」とも語っている。
高まる顧客の要求と鉄道網の老朽化に頭を抱えるメルボルンの鉄道会社メトロ・トレインズもリーン方式への転換を図った企業のひとつだ。同社の改善支援チームを率いるグレッグ・カーシオ氏は、日本研修に参加し、問題の見える化や現場と経営を隔てる障壁の撤廃を通じてリーンの理論を導入した者のひとりだ。
「継続的改善の追求においては経営陣も社員も皆同じ土俵に立っており、社員に権限を与え、リーダーシップの発揮を促すことが鉄則だ」とカーシオ氏はいう。
同氏はまた「業務遂行上の知識の多くを有しているのは現場の社員であり、問題や不手際、不安全な業務慣行が見つかった場合、経営陣は直接関与しサポートを提供しても、最終的な解決策を決定するのは現場なのだ」と述べている。
シンカ・マネジメントのスミスは、リーンの理論は分かりやすいものではあるが、ビジネスの場に導入するためには経営トップ層の指導力、時間、コミットメントが不可欠だと指摘する。
「オーストラリアで我々が相談に乗る企業の多くは、リーン生産方式を導入してもすぐにその効果を実感できないタイプか、あるいは一定の効果に満足して目的が達成されたと考えそれで終わりというタイプに大別される」とスミスはいう。
「しかし、このような考え方は、継続的改善文化の創出を目指すリーン生産方式の重要なコンセプトを見逃していると言わざるを得ない。オーストラリアの企業は、自分たちの企業がいかに成功を収めているかについて述べたがる一方、トヨタやリンナイ、キッコーマンなどイノベーションや生産、品質管理、マーケティング分野において、それぞれの業界で優位性を保ち続けている企業は、今後どれだけ改善を図ることができるかという点を重視している。」
「こうした企業は決して現状に甘んじるということがない。オーストラリアの企業と同様、彼らもまた人件費や為替レート、海外競合他社との競争の激化、原材料や燃料の輸入コストの上昇など数多くの問題に直面しているが、こうした日本企業は、世界金融危機や東日本大震災をも乗り越えて、好業績を上げ続けている。」
「とは言え、オーストラリアにもまたREAグループなどリーン生産方式を導入し、企業風土として浸透させ、業績を上げている企業もある。」
「成功を収めているこうした企業では、上層指導部が改革実行を指揮していることが多く、リーン生産方式が定着するためには、経営トップ層による積極的な社風づくりの推進が欠かせない」とスミスは述べている。
本記事は、オーストラリアの全国紙『ジ・オーストラリアン』の東京支局長を務めたリック・ウォリス氏によって執筆され、2014年8月26日付の同紙に掲載されたものです。
シンカ・マネジメントが実施する「日本ものづくり研修」および「リーン・トレーニング」の詳細については下記の各リンク(英語)をご確認ください。日本ものづくり研修|リーン・トレーニング