リーン・ヘルスケア・インタビュー | バージニア・メイソン病院の軌跡を辿って
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米国ワシントン州のシアトルにあるバージニア・メイソン病院は、日本の製造業現場から優れた管理手法を学ぶため、2002年に経営幹部からなる視察団を日本に派遣して以来、保健医療分野におけるリーン実践導入のトップリーダーとしての地位を確立してきた。
バージニア・メイソン生産方式の開発と導入の軌跡は、トヨタ生産方式(TPS)の原理原則を自動車製造業以外の分野に応用したいと考えるすべてのリーダーに対し、傑出した事例を提供するものである。バージニア・メイソン病院が歩んできた道のりは、これまでにも、保健医療分野におけるリーン経営を論じたチャールズ・ケンネイ氏による名著 『Transforming Health Care』 等をはじめとする複数の書籍で紹介されている。
日本の医療現場では、1970年代頃からQC (品質管理サークル)活動や改善活動が実施され始め、TQM(Total Quality Management)の導入や、改善文化の構築がなされてきた長い歴史があるが(立石、1994)、バージニア・メイソン病院がTPSに学び、全組織的な管理システムの導入によって、患者のケアに対する全面的なアプローチに変革をもたらしたという成功事例は注目に値する。
現在、組織変革を進める上で、医療の現場ほど複雑な環境や労働力の場はないが、バージニア・メイソン病院が、改革の道程を通じて素晴らしい成功を収めたことは誰もが認めるところだ。同病院は1998年、1999年に財務損失を計上し危機的状況に陥ったが、バージニア・メイソン生産方式の実施を通じて、それ以降、毎年利益を上げている。組織全体の効率が大幅に上がった他、安全、品質、患者の満足度といった項目においても目を見張る改善が達成され、バージニア・メイソン病院は、品質等で高評価を得ている病院に贈られるリープフロッグ・トップ病院アワード(Leapfrog Top Hospital Award)を、本賞が創設されて以来、毎年受賞している。
バージニア・メイソン病院がこれまでに培ってきた功績は、過去数十年にわたり米国やヨーロッパ、日本の間で交わされてきた様々なアイデアと共に、リーンの発展に新たな一章を加えるものである。W・エドワーズ・デミングが戦後の日本の製造品質に影響を与えたのを皮切りに、大野泰一のリーダーシップの下、トヨタ生産方式が確立され、それに続く西欧諸国へのTPSの輸出を経て、現在では、日本の保健医療業界が、バージニア・メイソン病院をはじめとする海外の組織における取り組みに目を向けるという状況が生まれている。
以下は、九州で開催されたリーン・ヘルスケア・カンファレンスの場でお会いしたバージニア・メイソン病院のゲイリー・カプラン院長兼最高経営責任者とヘンリー・オテロ改革・エグゼクティブ先生(Transformation and Executive Sensei)によるインタビューを編集したものであり、お二人にはバージニア・メイソン病院および日本の保健医療業界から学ばれたことについてお話を伺った。
バージニア・メイソン病院における医療改革の軌跡について教えて頂く中で、カプラン氏とオテロ氏から得ることができた洞察的な視点は、実効的な組織改革や文化変革を進めようとするすべての人々にとって有益となるものである。
ポール・スミス PhD
シンカ・マネジメント 取締役
ポール・スミス、バージニア・メイソン病院のヘンリー・オテロ医師とギャリー・カプラン院長と一緒に
ギャリー・カプラン氏は、現役の内科医であり、2000年よりバージニア・メイソン病院の会長兼最高経営責任者(CEO)を務めている。カプラン氏は、トヨタ生産方式の導入を主導し、同病院における医療の質と経営の改善 を進めてきた功績が認められ、全米医療品質フォーラムおよび米国合同委員会(the National Quality Forum and the Joint Commission)によるジョン・M・アイゼンバーグ・患者の安全と品質アワード(the John M. Eisenberg Patient Safety and Quality Award)等の数々の賞を受賞している。
腫瘍内科医であり、バージニア・メイソン・インスティテュートの改革・エグゼクティブ先生でもあるヘンリー・オテロ氏は、バージニア・メイソンにおける医師および経営幹部による取り組みと院内フローの改善に照準を合わせた数多くのプロセス改善イベントを実施してきた実績を持つ。
ヘンリー・オテロ氏(左)とギャリー・カプラン氏、日本にて
ポール・スミス: バージニア・メイソン生産方式とはどのようなものですか?またこの目的について教えてください。
ヘンリー・オテロ氏: バージニア・メイソン生産方式は、私たちが従事しているすべての活動を管理するためのマネジメント・システムであり、組織の目的と日常の業務とをひとつに結びつけるものです。
このシステムはまた、世界トップレベルの経営管理を実現するため、我々が目指す組織の姿や、目標に掲げるゴール、またそれらのゴールが組織全体の業務と直結するものであるのか、といったことを理解する上で指針となる強固な組織システムでもあります。
組織をリーンにしていくためにはツールと方法論だけあればよいと考えるのは間違いです。また、リーダーは率先躬行する必要もなければ、方法論を深く理解する必要もないと考えるのも誤った考え方です。リーダーは、組織の先頭に立って模範を示すことができるよう、方法論を最も深く理解し、活用することができなければなりません。
また、ツールとアイデアを出すことによって特定の問題を解決することだけを目的としたプロジェクト改善型のリーンと、マネジメント・システムと日々の業務を直結させ、組織が掲げる目標を達成するためのリーンとの間にも大きな違いがあります。
スミス: バージニア・メイソンが、日本式経営の方法論を手本として掲げたのはなぜですか?
ギャリー・カプラン氏: 我々は、手本としている方法論が日本式のものであると考えているわけではありません。ただ、日本でスタートし完成されたシステムであると考えています。この管理手法はデミングらが提唱したシステムにさかのぼることができるものです。日本に学びに行くのはなぜかと、多くの人々から聞かれますが、これは最良の外科的テクニックを学ぶためには、最良の外科的テクニック実践の場に行く必要があるのと同じことです。私たちは、経営管理を学ぶ最良の場が日本だと考えているのです。
ただ、この際に大きな謎としてとらえられるのが、なぜ医療現場のプロフェッショナルが製造業に答えを求めたのかということではないでしょうか。なぜなら、この考え方には大きな飛躍があるからです。歴史的に、保健医療業界では常に、必要とする答えは自分達自身が持っており、自らの業界の中に存在していると考えてきたからです。しかし、我々が経営管理手法について答えを求めていた時、米国の医療業界で答えを持っていた人は一人もいなかったのです。
スミス: けれども、製造業に目を向けるとその答えがあったということですね・・・。
カプラン氏: ボーイング社を視察したのです。我々はボーイング社の取り組みについて話を聞く機会があり、ジョン・ブラック氏の元同僚に会いました。ブラック氏はボーイング社でTPSの実践を主導してきた人物ですから、彼らから学びたいと考えボーイング社を訪れた訳です。我々が日本を訪問する以前のことですが、ワイアーモールドという企業にも行き、そこで、アート・バーン氏にも会いました。2001年の12月に、幹部チームの全員がワイアーモールドに視察に行ったのです。その時の体験は、素晴らしいものでした。ヘンリーや私とは違い、幹部チームメンバーの大半は、それまでに一度も工場現場に足を踏み入れたことが無かったのですから。このようにして、私たちは医療業界の外に経営管理に対する答えが見つかるのではないだろうか、と考えるようになっていったのです。これは、我々にとって非常に大きな出発点となりました。
スミス: 幹部チームによる日本への研修視察を決めたのはいつですか。また、視察にはどのような目的があったのですか?
カプラン氏: ボーイング社の人々が、もし本当にやる気があるなら、原点に行き、その状況に深く浸ってくる必要があると教えてくれたのです。そして、日本から米国に戻ってきた時にはすべてが変わっていました。私たちは全く違う考え方をするようになっていたのです。だからこそ、私たちはほぼ毎年のように、日本への視察訪問を実施しています。
スミス: 違いとおっしゃいましたが、具体的にはどのような違いですか?知識でしょうか、態度でしょうか、それとも信念、達成可能なものに対する考え方における違いということでしょうか?
オテロ氏: その質問には多くの答えがあります。私たちは日本に行くことで、異文化の中で学び、それまで見たことが無いものを体験し、トヨタの歴史や生産方式を学び、日立の生産ラインで実習を受けます。そして、毎晩、その日見たものや感じたことについて報告し合い、それらが我々の組織がこれまで行ってきたことにどのような意味をもたらし、保健医療にどう関係するのかについて、長時間に及ぶ議論をするのです。このような議論が真の効果を発揮し始めるのは、皆が、自分たちが本当に求めていることについて本音で語り合い始める時ですが、まさにこのような経験を通じて、異なる方法もありうるのだということに気が付き始めたのです。我々が行っていることを違う方法で達成することも可能であり、現状のままやっていく必要はないのだ、違う方法を模索しても良いのだと。そして、我々は(視察を通じて)自分たちが望む方法を目のあたりにしたわけです。これほど私たちのやる気をかき立てたものはありませんでした。中にはこの経験を通じてスイッチがオンに切り替わり、燃えるような意欲に掻き立てられるようになった者もいました。この時の日本への訪問は、私の人生において最も重要な旅となりました。この時の経験を通じて、私の保健医療に対する考え方、また自分自身のモチベーションが根本的に変化したのです。
カプラン氏: 日本研修視察の最も素晴らしい点というのは、自分達の安心領域から抜け出す経験ができるということです。私たちは、居心地の良い領域にいると、情報を処理することをしなくなります。そうして、いつも、自分たちが本当だと思っていること、礎にあると信じていることに頼り切ってしまうのです。しかし、日本に滞在している間、我々は安心領域の外にいます。組織内のヒエラルキーも取っ払われてしまいます。研修実習中、組立ラインの前に立ちながら、外科医が看護師や医療アシスタントに、今何が起こっているのか教えてくれなどと尋ねたりするのですから、保健医療の世界に存在するヒエラルキーが平らなものになるのです。
ヘンリーが先ほど言ったように、日本研修視察の多くの部分は、自分たちの国から遠く離れた所で、お互いが深い議論を重ねるということに費やされます。このセッションは、私が先導していくわけですが、皆が本質的な話をすることができるように構成されているので、ここでは、通常であれば話題に出さないような自らの弱さや、職場であまり上手く機能していない点などについても、自発的な発言が多くなされます。日本視察での経験は大変にパワフルなものですが、だからこそ我々は、引き続き日本への訪問を続けているのです。
スミス: それでは、過去の研修視察やこれまでに達成してきたものを、現在、振り返ってみられて、成果として一番強く感じておられるのはどのようなものですか?
オテロ氏: 我々の組織全体を見て思うのは、患者を中心とする医療現場になったこと、また問題に対するアプローチの仕方に対する変化や、何が患者の皆さんにとって有益なのかということを考えるようになったことです。バージニア・メイソン病院について皆さんが見たり聞いたりされていることというのは、我々が、患者にとって何が最善であるかということを考え、これを基にどのような考え方を採用し、どの方向に向うのかを決定しているということにほかなりません。そしてこれは組織の文化に関わるものですが、私は、他の保健医療組織でこのような状況を目にしたり聞いたりすることはありません。
医療機関の多くの人々が、我々は患者を中心に据えていると言いますが、そう言っている人々がリーダー的立場の人々でなければ意味がありません。彼らは患者のために、自らの利益を諦めることができるでしょうか。もし、そのような状況に実際に出くわすことができるならば、そこは素晴らしい医療現場だということになりますが、実際にこういったことは稀なケースです。
カプラン氏: 私もそう思います。組織文化を変えるというのは非常に難しいことですが、最も重要なことでもあります。経営管理システムやツールの存在、フローを生み出したり、希望を与えたりするということも大変重要ですが、要となるのはやはり、組織文化の変革、またそれを実現していく意欲にほかなりません。我々は、非常に深いところに根差した保健医療組織文化の前提をなす部分に疑問を投げかけているのです。傍からみると、これは難しいことではなく、当たり前のことのように思われるかもしれません。しかし、医療現場の文化に変革をもたらすというのは、考えてみれば、核心に迫るようなことなのです。患者が第一であり、頂点にいるのであれば、医者は底辺にいるということなのかと疑問を呈する人々もいるわけです。このような同様の議論が多くなされ、そこに踏み込むことができずに組織を離れた人々もいます。
スミス: それは、医者中心のモデルから患者中心のモデルにシフトしたからということですか?
カプラン氏: そうです。
オテロ氏: その通りです。我々の組織は、その他多くの医療組織がそうであるように、以前は、医者を中心としてプロセスが設計されていたのです。
カプラン氏: そして、またそのような状況に対し、誇りを持っていました。
オテロ氏: そうです。我々は、それに基づいて人々を採用していました。ですから、このようなモデルから、患者を中心としたモデルへとシフトしていくことは簡単なことではありませんでした。「患者中心」というレトリックそのものは簡単です。「患者中心」という意味は分かります。ただ、患者の経験そのものを本質的にとらえ、「我々の組織は本当に患者を中心に据えているだろうか、患者を最優先にするということはどういうことを意味しているのだろうか」とお互いに問い始めると、これがいかに難しいことかということが分かってきます。この点が本当に難しいところでした。
カプラン氏: そして我々はその部分について未だに学び続けている状況です。患者中心ということが意味することを、我々は本当に理解しているのだろうかと。かつて、自分たちも患者という立場におかれたことがある経験から、私たちはそれを理解していると思っていましたが、実際にはそうではなかったのです。だから、患者の皆さんが何を求めているかを知るためにアンケートを実施し、皆さんから寄せられた声に耳を傾けました。医療の現場をデザインしていく上で、彼ら、彼女らに対等なパートナーとして関与してもらうまで、患者の皆さんが望んでいることは分からなかったのです。
では、我々はどのようにして患者中心ということを実現していったのかということですが、我々の組織の改善チームのメンバーには患者さん達もおり、協力しながら設計を進めていきます。例えば、保健医療の新たなプロセスの構築を担当するチームは6名の医療プロフェッショナルと6名の患者さんで構成されています。
スミス: 先ほど、組織文化を変革できたことを誇りに思うとおっしゃっていましたが、そのような組織内文化の変革を推し進めていく上で、人々に求めているものは何ですか?またバージニア・メイソン生産方式で、リーダーに求められている資質とはどのようなものでしょうか?
オテロ氏: バージニア・メイソン生産方式がリーダーに求める資質の中で最もチャレンジングなものは、恐らく、偉大な問題解決者(problem solver)から偉大な問題構築者(problem framer)になれということだと思います。指導的立場にいる者は、往々にして問題解決能力に優れており、だからこそ、そのような立場についている場合が多いと思うのですが、リーダーというのは、周りの人々のために自らが問題を解決するのではなく、彼ら、彼女らのコーチとして、メンターとして、周囲の人々が自分たちで問題を解決することができるように勇気付け、導いていく資質を備えていなければなりません。問題を解決するのはあくまでも彼ら、彼女らであり、リーダーは問題を構築するという立場です。そのために必要なリソースを提供し、的確な質問を投げかけるということができなければいけません。ですから、優れたリーダーは、偉大な解決者ではなく、偉大な質問者でもあるのです。このようなリーダーへと成長を遂げるのは非常に難しいことです。しかし、リーダーに求められる資質というのは、問題解決者から問題構築者に変容を遂げる力なのだと申し上げたいと思います。
スミス: ということは、リーダーは周りの人々が提案した解決策がたとえ一番の解決策でないと分かっていても、あえて黙っていないといけないということでしょうか。
オテロ氏: 例えば、改善イベントなどの場で、リーダーであるあなた自身はもちろん、あなたのチームのメンバー全員が正しい解決策を分かっているとしましょう。しかし、別のチームでは、どのような解決策を講じたらよいか分からず悪戦苦闘している、もしくは解決策は出したけれども自分たちのチームほど良い解決策に至っていないなどという状況に出くわしてしまったような場合、あなたは、正しい解決策を教えたいという衝動に駆られるかもしれません。しかし、ここで大切なのは、アイデアそのものではなく、自分たちが導こうとしている改善のプロセスです。リーダーにとってこのような場で黙っているのは難しいことです。しかし、あなたの役割は正しい答えを与えることではなく、皆がプロセス改善に取り組む中で、多くの解決策を出し続け、一定の時間をかけて、自分たちにとって上手く機能する策にたどり着くことなのです。
また、さらに重要なことは、彼ら、彼女らたちにPDSAサイクル(Plan-Do-Study-Act)等を通じてプロセスを確かめさせる必要があるということです。こうすると、ほぼ間違いなく、自分たちが当初考えていたものより、もっと良い答えが得られるわけですが、このような経験は自分たちを謙虚な気持ちにさせてくれるものです。そして、最終的には、そのプロセスを手放す必要があります。すると、自分が考えたものよりもさらに素晴らしい答えを、人々が見つけ出してくれるのです。
スミス: それは非常に重要なポイントですね。人々は、改善のプロセスが、問題に対する解決策を即座に導き出すためだけのものではないのだということを忘れがちです。改善のプロセスというのは、むしろ、長い時間をかけて自分たちに問題解決能力を養っていくプロセスということができると思います。
カプラン氏: そうですね。チームのメンバーに、日々の暮らしや業務の中で問題解決をしていく能力を構築していくこということに他なりません。しかし、伝統的な保健医療の現場にいるリーダー達全員が、そのようにできるかというと、そうではありません。ヒエラルキーに基づく意思決定に慣れているため、問題があるとリーダーたちがすぐにやってきて、それを解決してしまうというわけです。リーダーはまた、質問をする際には、できるだけ不明瞭さを残しながら、謙虚な姿勢で、質問しなければなりません。自分達は解決策を持っておらず、どのような策があるのかを本当に知りたいのだ、という姿勢でなければなりません。リーダーのこのような姿勢がヒエラルキーを平らにする機会を提供してくれるわけですが、私たちはこのような機会を十分活用できていないと思います。
スミス: では、これまでの道のりで犯した最大の間違いにはどのようなものがありますか?
オテロ氏: もう少し早く行動を起こすべきだったかもしれないと思っているのが、日常の業務管理に関わる部分です。変化を維持し、職員の取り組みを促すために必要な側面と日常業務管理側面とは密接にリンクしています。ですから、もう少し早い時期に行動を開始しても良かったかもしれません。しかし、そうすると、現場の人々の間でそれを受け入れる準備や十分な理解が得られていなかったかもしれません。
スミス: では、その代わりに、何をされていたのですか?
オテロ氏: グループのレベルでというよりは、リーダーが率先する、よりトップダウン型のアプローチを採っていました。また、どのようにして毎日、チームの関与を促しながら業務を見える化していったのかということですが、我々の日常業務管理体制は、生産管理のように、業務そのものを目に見えるようにすることを重視したものでした。
カプラン氏: 初期には、トレーニングの方に、より注力していたように記憶していますが、より早い段階で日常業務の管理側面に移るべきでした。現在でもそうですが、より厳格な30-60-90日後のフォローアップが必要で、より深く掘り下げていく必要があると思っています。
我々は、また、スコーピングについても多くのことを学びました。初期の頃は、スコーピングの範囲が大きすぎたり、小さすぎたりしたものですが、だんだん適度な範囲が分かるようになってきました。また、私が多くの人から非難されたのが、皆に対して寛容になりすぎて、物事が早く進まなかったという点です。私としては、すべての人々を巻き込みながら取り組みを進めていきたかったのですが、全員がついてくることができたかというと、そうではありませんでした。
スミス: これからリーン経営管理に取り組もうと考えている医療機関に対しては、どのようなアドバイスをなさいますか?何から手を付けたらよいのでしょうか?
カプラン氏: まずは、経営幹部です。
オテロ氏: そうです。上層部から取り組みを始める必要があります。そして、リーン経営を学ぶ方法ならいくらでもあります。その一つが 『Transforming Health Care』 を読んでみるという方法です。この本を読み進めることで、どのような潜在的効果を得ることができるかということを理解できると思います。また、リーンやリーン・ヘルスケアを実践している組織の現場を実際に訪れてみるのも、非常に有効な方法です。こうすることで、自分たちがリーンを実践する上でのお手本に触れることができ、理解を深めることができるばかりでなく、そのために必要な組織文化やモチベーションがあるか、またリーダーシップ層に、リーンに取り組む強い意志が備わっているかを確かめることができるからです。
どのようなことに足を踏み入れようとしているのかも分からずに、リーンを導入しはじめて、リーンは機能しないと嘆くほど最悪なことはありません。まずはリーンを導入して成功を収めているいくつかの組織についてきちんと下調べをする必要があるでしょう。保健医療の現場でリーンを目指すならなおさらです。いくつかの成功例を持つ組織の現場を訪れ、リーダー層がどのように振舞っているか、リーンが組織全体を通じてどう根付いているのか、現場の最前線でどのように機能しているのかといったことを学ぶ必要があります。
その上で、幹部層同士が、自分達はこのような取り組みを進めることができるのか、モチベーションはあるのか、興味や協力は得られているのか、といった点について忌憚のない議論を進めていく必要があります。これは簡単なことではありません。しかし、ここから非常に多くを得ることができるのです。おそらく、自分達が進めていく取り組みの中で、最もやりがいのあるものになるでしょう。そのためには、組織の中で支配的な数多くの文化規範からくる逆風を受けて進んでいかなければなりません。
このようなところから始められるのが良いのではないでしょうか。そして、もし興味があれば、トレーニングを実施している組織について調べたり、経営幹部チームを導き、リーン経営やリーン手法についての研修を実施する際に協力の手を差し伸べたりしてくれる先生を見つけてくることです。
スミス: リーンの導入に対して、公的部門では民間部門に比べ、より抵抗する力が強く、課題も多いと思われますか?
オテロ氏: 両部門ともに良い点と悪い点があり、そのような傾向は両者に当てはまると思います。我々は、数多くの公的機関の取り組みを支援していますが、その中には、国営保健医療制度機関の中で最も成功を収めたクライアント機関もあります。公的機関には、民間とは異なるリソースや制約がありますが、我々は、リーダーシップ層がやる気に満ちてコミットしていれば、素晴らしい成功を収めることができるという例を見てきました。ですから、トップや行政に改革を推し進める気持ちがあれば、民間か公的機関かということは、全く問題になりません。
スミス: リーダーシップの面からオテロ氏に伺いたいと思いますが、成功に向って邁進し、成功を手にすることができる組織や文化のリーダーとして、カプラン院長のような人々にはどのような資質が備わっているとお考えですか?
オテロ氏: 彼らはビジョナリー・リーダーです。ビジョンをもって我々を導き、自分たちが行っていることに情熱を持っています。経済学等を必要なツールとして使いますが、そうすることが使命であるとは考えてはいません。組織の使命、すなわち自分たちが価値を置いていることに注力し、いつでも我々をそこに立ち戻らせ、それを改善活動やマネジメントの手法に結び付けることを可能にする資質を備えています。
リーダーは、いくつかの異なる視点を結びつけ、組織全体のビジョンを創りだせるだけでなく、それを組織共通のビジョンにする方法を知っています。またカプラン院長のような大変に優れたリーダーは適応するという、真のリーダーシップスキルを有していますが、これは「適応リーダーシップ(adaptive leadership)」と呼ばれるものです。これはバーバード・ビジネス・レビューの中で、ロナルド・ハイフェッツ(Ronald Heifetz)教授が理論化しているもので、リーダーは人々に問題の解決を促し、場合によっては問題を遮断するのではなく、問題に直面させ、リーダーが解決策を導き出すのではなく、人々自らが解決に至ることができるよう、あえて奮闘させるというものです。カプラン院長をはじめとするリーダーは、人々を関与させることを可能にする優れた適応リーダーシップのスキルを持ち合わせており、時には自らを弱い立場にさらすことも可能であり、意思決定の際には様々な分野の声に耳を傾けることができるのです。
スミス: それでは、最後にバージニア・メイソン生産方式およびバージニア・メイソン病院の次なる目標について教えてください。
オテロ氏: 我々はまだ旅の途中にいます。まだまだ、旅を始めたばかりの赤ん坊のような存在であり、幼な児です。ですから、我々の取り組みは、我々が生涯を終えた後もずっと続いていくものであり、今日のリーダー達を超えていくものという風にとらえています。私たちは、未だに存在する数多くの様々なサイロ化した部門をより良い形で統合していけるよう引き続き取り組んでいくと共に、我々の患者の皆さんのより良いケアに向けて注力していきます。我々の活動には最終ゴールは存在しません。これは今後もずっと続いていく旅であり、保健医療の場にはまだまだ長い道のりが待ち受けています。我々が、これまでに歩んできた道程を振り返ると、謙虚な気持ちになりますが、私たちが最も情熱を傾けている、患者さんたちの経験を素晴らしいものにするためにこれからやり遂げなければいけない多くの仕事を前にして、改めて慎ましい気持ちになっています。
スミス: 本日は本当にどうもありがとうございました。
Tansforming Health Care
Virginia Mason Medical Center
Charles Kenney 著、 2011年
病院におけるTQM活動
立石春雄 著、1994年
本ウェブサイト上に掲載されているバージニア・メイソン病院および職員の写真は、バージニア・メイソン病院およびバージニア・メイソン・インスティテュートからの使用許可を得て掲載しています。また、日本語のインタビュー記事は、ポール・スミスがインタビューを実施し内容をまとめたものを、デニス英理が翻訳したものです。